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講義に遅刻、手伝わない姉、息子の手本

自分は大学生で、最近新学期が始まったようだ。 15時半から演劇の講義があるので、それまでに学校に行く必要がある。まだ、時間があるので、家で食事をして、あと片付けなどしている。 食事のあと片付けをしつつ、ふと気づくと、すでに15時半を過ぎている。遅刻なのであせる。私は大量の皿をシンクに運びながら、姉が家事を手伝わないことに対して、自分は腹を立てている。(なぜか姉がそこにいる) よく考えると、他の講義も朝からやっているはずであり、朝からずっとサボっていたことに気付き、不安になる。高校生の息子に、だらしないところを見せてはいけない、と考えている。(なぜか息子がそこにいる) 以下、補足。 自分は40代のおっさんですが、いまだに学生時代の夢を見ます。そしてたいてい、授業に遅刻するとか、サボるとか、単位を落とすとか、そんななんだか不安になるようなドキドキするような内容です。そんな夢にも、嫁や子供が登場して、年齢的には矛盾するんですが、夢の中ではその矛盾に気がつきません。
理髪店に来ている。 その理髪店は店員ではなく自分で切るシステムになっている。バリカンのようなものを使って自分の髪を切っている。一番長い設定(バリカンの○○mmみたいなもの)にし、長めの坊主をイメージしながら、床に仰向けになって、自分の髪を切っている。しかし、そこに鏡はなく、どういう状態になっているかは分からない。 夕方5時の音楽が鳴って、どうやらお店の終了時間のようだ。えりあしに剃り残しがあるような気がしているが、店員のおばちゃんに急かされ髪を切るのをやめる。会計のときにハサミをもらう。私はそれが気に入り、チョキチョキさせながら店を出る。 すきバサミ(床屋で使うギザギザの刃のやつ)だと思っていたが、よく見てみると、ハサミ刃は柄の部分ばかりが長く、刃は1,2cmしかなく、ギザギザもしていない。何に使うハサミだろうか、眉毛を整えるものだろうかと思う。また、刃物を持ち歩いて、セキュリティゲートで引っかからないだろうかと心配している。 帰り道、繁華街を歩きながら、自分の髪がどれくらい短くなっているかを、店の窓ガラスで確認する。坊主頭を想像していたのだが、窓ガラスに映る自分の髪形を見ると、短いどころかいつもより長いくらいで、ボサボサで立っている。 数メートル先に、MT君(高校の同級生。ヤンキーっぽいが、国立大学に進学)が歩いている。私は、MT君に髪型を見られたくないので、追い越さないように、少し後ろを歩き続ける。 道端に熟れすぎたスイカの破片が散乱している。また、キムチのような白菜の葉が広げてある。これらは浮浪児が盗んできたものを街頭で広げているのだそうだ(この情報がどこから入ってきているのかは判然としない)。 「ウジのわいた白菜を茹でる! Like This!」のようなフレーズの音楽だかラップだかが(その場でなのか、頭の中でなのか)流れている。 歩いていると小規模な食品工場のようなところに突き当たる。豆腐を作っているラインのようなものがある。当時は(なんだか戦後のようなイメージ)、数十円の安い豆腐と、数百円の高い豆腐が売られていて、その差は当たりくじがついているかどうかの差だったそうだ。とにかくこの手の豆腐が大量に生産されていた。(この情報がどこから入ってきているのかも判然としない) ラインのすぐそばを通り抜けようとすると、工場の親父に阻...

夢:女の担任と母親に対して、著作権についての説明する

学校の教室。どうやら自分は高校生のようだ。担任は若い女性の先生。 教室でプリントが配布される。見てみると、NHKからの調査のようだ。各生徒の家庭から受信料を徴収するためのものかと、最初は思ったが、よく見てみると、学習時におけるNHKのコンテンツ利用に関するものらしい。先生の名義で申請すると、コンテンツをある程度自由に使える、というもののようだ。 担任の先生と話している。先生はNHKコンテンツを学習に使う有用性を僕に説明しようとしている。僕もそれについては納得しているのだが、著作権やITについていろいろ知っているんだぞというところを見せて、いい格好をしたいので、いろいろと言い返している。 先生は三次元のグラフの映像コンテンツが便利に使えるというようなことを言う。こういうことをやりたいときに、コンテンツがなかったら、どうすればいいか大変でしょ、のようなことを問われたので、Rというソフトを使えば簡単にできる、みたいなことを僕は話す。 会話の続きだが、いつの間にか、その場に母親がいる。僕は母親に著作権について説明をしている。そのことの必要性というよりは、女性の担任に対していい格好をしたいがゆえに、僕は説明をしている。 母親はあまり学のある人ではないので、簡単な例で説明しようとする。村上春樹が出版している本を買ってきて、書いてある文字を丸写しにして、別の人が出版するみたいのは、さすがに駄目でしょ、という例をあげる。母親は、それはそうだ、と納得している。これが古典のように、著者の死後ある程度時間が経って、著作権が切れたものだと特にかまわない、のような例もあげる。 僕はいつの間にか寝転がって上を見ながら説明をしている。先生と母親は座っている。 次に人の写真を勝手に撮ってネットにあげるようなケースや、条件はあるが引用ならば他人の著作を利用できることなどの説明を始めたが、話が長くなりすぎて、母親が飽きてきていることを薄々感じている。